ジョブ型人事

三位一体の労働市場改革とは?ジョブ型や職務給、キャリア自律との関連性を解説
2023年5月16日、内閣官房から「三位一体の労働市場改革の指針」が発表されました。この指針は、ジョブ型人事や職務給、キャリア自律の促進とも関連しており、日本の雇用システムや人事制度に抜本的な変革をもたらす内容となっています。
本記事では、この三位一体の労働市場改革の内容をかみ砕いて解説し、それがジョブ型や職務給、キャリア自律とどのように関係しているか、企業や個人にどのように影響するかなどを詳細にお伝えします。
目次
三位一体の労働市場改革の基本方針と目標
まず、「三位一体の労働市場改革」とは、以下3つの柱を同時に推進することで、日本の労働市場を構造的に改革する取り組みです。
- リ・スキリングによる能力向上支援
- 個々の企業の実態に応じた職務給の導入
- 成長分野への労働移動の円滑化
三位一体の労働市場改革が掲げる具体的な目標
三位一体の労働市場改革の指針には、その目標が明確に記述されています。以下に原文を引用します。
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三位一体の労働市場改革を進めることで、構造的賃上げを通じ、同じ職務であるにもかかわらず、日本企業と外国企業の間に存在する賃金格差を、国毎の経済事情の差を勘案しつつ、縮小することを目指す。あわせて、性別、年齢等による賃金格差の解消を目指す。
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また、我が国の場合、これまでは転職前後の賃金を比較すると、転職後に賃金が減少する傾向が見られた。内部労働市場と外部労働市場の形成とそのシームレスな接続により、転職により賃金が増加する者の割合が減少する者の割合を上回ることを目指す。
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官民でこれらの進捗状況を確認しつつ、改革の取組を進める。
簡潔にまとめると、三位一体の労働市場改革は、以下を実現することを目標としています。
- 構造的な賃上げの実現
- 単なる一時的な賃上げではなく、持続可能な賃金上昇の仕組みづくり
- 賃金格差の是正
- 日本企業と外資系企業の間の賃金格差、および性別・年齢による不合理な賃金格差の解消
- 労働移動の活性化
- 転職後に賃金が増加する割合を、減少する割合よりも上回る労働市場の形成
三位一体改革の3つの柱とその詳細
三位一体の労働市場改革では、先述した3つの目標を達成するために、施策として以下の3つの柱を掲げています。
- リ・スキリングによる能力向上支援
- 個々の企業の実態に応じた職務給の導入
- 成長分野への労働移動の円滑化
3つの柱について、以下でそれぞれ解説していきます。
① リ・スキリングによる能力向上支援
1つ目の柱が「リ・スキリングによる能力向上支援」です。
現代のビジネス環境では、テクノロジーの急速な発展により求められるスキルが常に変化しています。リ・スキリングとは、この変化に対応するため、既存の労働者が新しいスキルを習得することを支援する取り組みです。
リスキリングの詳細な解説は、こちらの記事をご参照ください。
このリスキリングによる能力アップの支援策が「個人向け」と「企業向け」でそれぞれ記載されています。
三位一体の労働市場改革で提示されている個人向けの支援策
個人の方への直接的な支援の拡充として、特に重要なポイントを以下にまとめます。
- 個人経由の支援比率の拡大
- 現在の企業中心の支援から、個人が主体的に学びを選択できる体制へ転換する。5年以内に個人経由の支援を過半に引き上げる。
- IT・データ分析など将来性ある分野の支援強化
- 高賃金・高エンプロイアビリティ分野(IT、データ分析、営業・マーケティング等)に対し、教育訓練給付の補助率・上限を拡充する。
- 個人の習得したスキル履歴の可視化(オープンバッジの推進)
- 習得スキルの客観的証明と利活用のため、デジタル認証の仕組み(オープンバッジ)を推奨する。
- キャリアコンサルティング体制の強化
- 在職者が適切なリスキリングを選べるように、ハローワーク等でのコンサルティングを拡充する。将来的には民間キャリアコンサルタントも支援の役割を担う。
- 柔軟な学習機会の提供(非正規・フリーランス対応)
- 働きながらでも参加しやすいリスキリング機会を提供する。日程や手法などに柔軟性を持たせ、多様な就業形態に対応する。
これまで、教育訓練給付制度などは存在していましたが、手続きの煩雑さや対象の限定性から活用しづらい面がありました。今回の改革では、これらの課題を解決し、より使いやすい支援制度へと進化させる方針となっています。
三位一体の労働市場改革で提示されている企業向けの支援策
企業に向けた支援内容としては、主に以下が盛り込まれています。
- 人への投資施策パッケージの見直し
- 企業による社員のリ・スキリング投資を促進するため、パッケージの実施状況をフォローアップする。
- 受講結果の評価・改善システムの構築
- 受講後の処遇や昇進・登用などへの効果を計測・分析し、施策改善に活用する。
- 雇用調整助成金の見直し
- 助成金額を増価させ、人材育成を重視した制度へ転換させる。
- リ・スキリング費用の控除拡大
- 給与所得控除におけるスキル習得費用の取り扱いを柔軟にする。
② 個々の企業の実態に応じた職務給の導入
2つ目の柱が「職務給の導入」です。日本の多くの企業で採用されてきた年功序列型の給与体系から、職務の価値に基づく「職務給(ジョブ型賃金)」への移行を促進します。
職務給導入のための支援策
政府は以下のような事例・モデルを整理したうえで、各企業が自社に合った形で職務給を導入できるよう支援すると述べています。
- ジョブの整理・分類方法
- 職務の定義と分類の具体的手法
- 人材配置・育成・評価の手法
- 職務に基づく人事システムの構築方法
- ポスティング制度
- 社内公募による適材適所の人材配置
- パフォーマンス改善計画(PIP)
- 評価制度と能力開発の連携
- 賃金制度設計
- 職務の価値に応じた公正な報酬体系
- 労働条件変更と法制度の関係
- 制度移行における法的留意点
- 休暇制度
- 職務と休暇のバランス確保
また、給与や雇用制度の透明性を高めるため、企業に情報開示を促進する施策も含まれています。これにより、求職者は企業選択の際により透明性の高い情報に基づいた判断が可能になるでしょう。
③ 成長分野への労働移動の円滑化
3つ目の柱は「労働移動の円滑化」です。
経済の構造変化に伴い、縮小産業から成長産業への円滑な労働移動を促進することが重要です。この実現のために、以下のような施策が検討されています。
- 失業給付の支給要件の見直し
- リ・スキリングに取り組んでいた場合、自己都合退職者への失業給付を会社都合の場合と同じ扱とする
- 退職所得課税制度の改革
- 勤続年数による有利不利をなくし、流動的な働き方を支援する
- 自己都合退職による退職金減額の見直し
- 転職によるキャリア形成のペナルティを解消する
- 官民求人情報の共有化
- ハローワークの求人・求職情報を加工・集約し、効率的なマッチングを実現する
三位一体改革の相互の関係性
三位一体労働市場改革の3つの柱は、それぞれが先述した「実現する目標」と連動しています。
- ① リ・スキリングによる能力向上支援:「構造的な賃上げの実現」目標と連動
- ② 個々の企業の実態に応じた職務給の導入:「賃金格差の是正」目標と連動
- ③ 成長分野への労働移動の円滑化:「労働移動の活性化」目標と連動
また、労働市場改革の各施策についても、それぞれが独立しているわけではなく、密接に連携しています。
- 「持続的賃上げ」の実現方法
- 職務給の導入(②)により給与基準を明確化し、社員はリ・スキリング(①)によってスキルを高め、より高い職務・報酬を目指せるようになる
- 「賃金格差の是正」の実現方法
- 年齢や性別ではなく職務内容に基づく給与体系(②)により、同一職務同一賃金の原則が確立され、不合理な格差が解消される
- 「円滑な労働移動」の実現方法
- 企業間で共通する職務給基準(②)が浸透することで、成長分野での適正な賃金水準が形成され、結果として成長分野への労働移動(③)が促進される
企業と個人に求められる対応
三位一体の労働市場改革で提示される目標と施策を踏まえると、企業・個人それぞれで以下のような対応が求められるでしょう・
企業に求められる対応
- 自社に適した職務給制度の設計・導入
- 業種や企業規模・文化に合わせたジョブ型人事制度の設計
- リ・スキリング支援体制の構築
- 社員の能力開発を戦略的に支援する仕組みづくり
- 人材流動を前提とした組織設計
- 入社・退社を前提とした柔軟な組織マネジメント
具体的なジョブ型人事やリスキリングの進め方は、以下の記事をご参照ください。
個人に求められる対応
- 自律的なキャリア形成
- 市場価値の高いスキル獲得への主体的取り組み、自律的なキャリア形成
- リ・スキリング支援制度の活用
- 政府・企業の提供する能力開発支援の積極的な活用
- 職務に基づく転職戦略
- 職務経験とスキルを軸にしたキャリアパスの設計
まとめ
三位一体の労働市場改革は、日本の雇用システムを「メンバーシップ型」から「ジョブ型」へと移行させる大きな転換点と言えます。
スキルと成果に基づく公正な報酬体系、年齢・性別に関わらない多様な人材の活躍、生涯を通じたスキル習得と成長の文化、産業構造の変化に柔軟に対応できる労働移動など、労働市場環境の変化を促進するものとなっています。
日本の労働市場においても、ジョブ型への変革や職務給の本格的な運用、キャリア自律の促進が徐々に進んでいくと考えられます。こういった動向に注目しておくとよいでしょう。