人材マネジメント

シニア人材活用・雇用の重要性とその方法|メリット・デメリット、3つのモデル、成功のポイント、事例まで徹底解説
少子高齢化が進む日本において、シニア人材の活用は、特に地方企業や中小企業における持続的な経営に必要不可欠になってきています。経済産業省のデータによれば、日本の労働力人口は2014年の6,587万人から2060年には3,795万人へと激減する見込みです。こうした深刻な労働力不足に直面する中、豊富な経験とスキルを持つシニア人材の活用は、人手不足の解消だけではないメリットがあります。
本記事では、シニア人材活用が進む社会的・経済的な背景から、企業が得られる具体的なメリット・デメリット、そして効果的な3つの活用モデル、シニア人材活用を成功させるためのポイント、実際の企業の活用事例まで、徹底解説します。
目次
シニア人材の雇用が進む背景・理由
シニア人材の活用が注目される背景には、社会的・経済的な複数の要因が絡み合っています。これらの背景を理解することで、シニア活用がなぜ推進されているのか、より明確になるでしょう。
以下で主に4つの社会的・経済的背景をご紹介します。
1. 少子高齢化と労働力不足の深刻化
日本は深刻な少子高齢化に直面しており、労働市場に大きな変革をもたらしています。
経済産業省の最新データによれば、日本の労働力人口は、2014年の6,587万人から2030年には5,683万人へ、さらに2060年には3,795万人へと急速に減少する見込みです。この人口動態の変化は、多くの企業にとって人材確保の課題を生み出しています。
こうした状況下で、シニア人材の活用は労働力不足を補う有効な対策として注目されています。経験豊富なシニア人材を再評価し、活用する動きが広がっているのです。
2. 法制度の整備と改正
高年齢者雇用安定法の改正により、65歳までの雇用確保を行うことが企業に義務付けられることになりました。さらに、2021年4月からは70歳までの就業機会の確保に向けた努力義務が追加されています。
このような法的枠組みが整備されたことでシニア層の雇用機会が増えてきており、シニア人材の活用を後押ししています。
3. シニア層の就労ニーズの多様化
内閣府が毎年発行している「高齢社会白書」では、高齢者の就労意識調査が実施されており、経済的理由だけでなく「生きがい」や「社会とのつながり」を理由に就労を希望する高齢者の割合が年々増加していることが明らかになっています。
特に令和3年版・4年版では、高齢者の就業理由として「社会とのつながりを持ちたい」「生きがいを得たい」という回答が上位を占めています。
現在のシニア世代は、単なる収入目的だけでなく、社会とのつながりの維持や生きがいの追求のために働くことを望む傾向があります。自己実現や社会貢献を通じて充実した老後を送りたいというニーズが就労継続への意欲を高めているのです。
4. 健康寿命の延伸と年金支給開始年齢の引き上げ
厚生労働省の健康寿命の調査結果(2022年)によると、健康寿命は男性で72.57歳、女性75.45歳まで延びており、この数値は年々上昇している傾向があります。
医療技術の進歩や健康意識の向上により、シニア世代の健康寿命が延伸しており、「人生100年時代」において、65歳を超えても心身ともに健康で働く意欲と能力を持つシニアが増加していると言えます。
また、それに関連して公的年金の支給開始年齢が段階的に引き上げられており、従来よりも長く働く必要性が高まっています。65歳を超えても収入を得ることのニーズが増大し、シニア世代の就労意欲は以前に比べて大幅に高まっている状況です。
こうした背景もシニア人材の活用が促進される要因となっています。
シニア人材活用・雇用の4つのメリット
シニア人材を活用・雇用することのメリットとして、以下の4点をご紹介します。
1. 豊富な技術や知識、人脈を継承できる
シニア人材は長年のキャリアを通じて培った専門的な技術や業界知識、そして幅広い人脈を持っています。これらは企業にとって計り知れない価値を持つ無形資産です。
シニア人材がこういった貴重な資産を若手社員をはじめとして社内に適切に伝承することで、組織全体のスキル・知識の向上につながります。特に、取引先との関係構築や業界特有のノウハウなど、マニュアル化が難しい暗黙知を継承できることは大きなメリットとなります。
2. 組織の多様性が向上し、イノベーションが生まれる
多様な背景を持つ人材が集まる組織は、イノベーションが生まれやすいと言われています。シニア人材を活用することで、年齢や経験、バックボーンなど組織の多様性(ダイバーシティ)を高めることができます。
異なる世代の視点を取り入れることで、新たなビジネスアイデアの創出や、既存事業の改善につながる可能性が高まります。若手社員ならでは斬新なアイデアとシニア社員の豊富な経験に基づく深い洞察が融合することで、バランスの取れた意思決定が可能になるでしょう。
3. 助成金を活用しながら人材不足を解消できる
シニア人材の活用はコスト面でもメリットがあります。65歳以上への定年引上げや高年齢者の雇用管理制度の整備を行った企業は、国からの助成金を受けられる制度があり、具体的には「65歳超雇用推進助成金」などが活用できます。
労働力人口の減少に対応するため、シニア人材の活用は有効な手段となります。コストメリットのある人材確保の方法として、中小企業や地方の企業で特に重宝される手段といえるでしょう。
4. 企業イメージが向上する
シニア人材を積極的に活用する企業姿勢は、社会的責任を果たす企業としてのイメージ向上につながります。
これは採用活動や顧客からの評価、持たれる印象などにプラスの影響を与えるでしょう。
シニア人材活用・雇用の4つのデメリット
シニア人材活用には多くのメリットがある一方で、企業が直面する可能性のある課題・デメリットも存在します。
以下でご紹介する4つのデメリットを事前に認識したうえで、適切にシニア人材の活用を進めることが重要です。
1. 人件費が増加する可能性がある
シニア人材は経験や知識が豊富である一方、給与水準が比較的高くなるケースが多くあります。特に年功序列型の給与体系が導入されている企業では、若手社員と比較して人件費負担が大きくなる可能性があります。
また、健康面での配慮や勤務環境の整備、教育コストなど、シニア人材を雇用することによる付加的なコストが発生する場合もあります。人手不足解消の目的だけで安易にシニア活用を進めず、人件費と生産性とのバランスを事前に検討することが重要です。
2. 世代間ギャップによるコミュニケーションの摩擦が起こるリスクがある
シニア社員と若手社員では、価値観やコミュニケーションスタイルに違いがあることが一般的です。こういった世代間のギャップが原因で、組織内でのコミュニケーション不全や摩擦が生じるリスクがあります。
特に、デジタル技術の活用や新しい業務プロセスの導入など、変化への対応にシニア人材では時間がかかる傾向があるため、適応速度の違いが世代間のギャップを広げる要因になりやすいです。
こうした世代間のギャップは必ず生まれることを若手世代・シニア世代双方で認識し、理解しておく必要があるでしょう。
3. 若手人材の昇進機会が制限される可能性がある
シニア人材が組織に長く留まることで、若手社員のキャリアアップや昇進の機会が制限される可能性があります。組織の新陳代謝が低下すると、若手人材のモチベーション低下につながったり、離職率の増加を招くリスクをはらんでいます。
また、組織の硬直化が進行すると、イノベーションの阻害や生産性の低下引き起こす恐れもあります。
シニア人材をどういったポジション・役割で雇用するのか、しっかりと整理しておくことが重要です。
4. 最新技術やデジタル技術への適応が困難な場合がある
急速に変化するビジネス環境において、AIやデジタル技術、DXなどの新たな取り組みへの適応がシニア人材にとって課題・負担となる場合があります。最新技術へのキャッチアップが遅れると、業務効率の低下につながりやすくなります。
シニア人材に対する継続的な学習機会の提供や教育支援などのスキルアップをサポートする仕組みが必要になりますが、これが結果的にコスト増につながる可能性があるため、こういったデメリットを認識しておくことが不可欠です。
効果的なシニア人材活用のための3つのモデル
デロイトトーマツの調査によると、シニア人材の活用方法は主に以下の3つのモデルに分類されています。
- 専門性発揮型
- 現業継続型
- 単純労働型
シニア人材を活用する目的や雇用するシニア人材の経験・スキルの度合いに応じて、適切なモデルを選択することが重要です。
各モデルについて解説していきます。
1. 専門性発揮型
専門性発揮型は、代替不可能な専門知識やスキルを持つシニア人材を対象としたモデルです。企業の持続的な経営や事業継続に不可欠な人材として、その専門性を最大限に活かす配置を行います。
具体的な役割の例
- 技術顧問・伝承者
- 製品開発技術などの専門技術を社内に伝承する
- 特定領域のスペシャリスト
- 営業やマーケティングなど、特定領域に実績を持つシニア人材の知見を活用する
- マネジメント
- 組織における部分的なマネジメントを代行する
- 業界知識を活かした戦略アドバイザー
- 特定の業界に深い知見と豊富な経験を持つ場合に、専門的な見地から戦略面でのアドバイスを行う
2. 現業継続型
現況継続型は、定年後もこれまでの経験を活かせる業務を継続するモデルです。退職前と同様の業務、あるいはその一部を担当することで、スムーズな移行が可能になります。
具体的な役割の例
- 管理職からプレイングマネージャーへ移行する
- 営業担当から顧客関係維持担当として、そのまま顧客担当を継続する
- 技術者から技術メンター役を担う
- 研究開発における1領域を継続して担う
3. 単純労働型
単純労働型は、定型業務や補助的な業務を担当するモデルです。専門性よりも安定した業務遂行能力が求められます。
具体的な役割の例
- 一般事務作業
- データ入力作業
- 施設管理・清掃業務
シニア人材活用を成功させるためのポイント
シニア人材の活用を効果的に進めるためには、単に雇用を継続するだけでなく、効果的な仕組みの設計や整備が必要です。
組織全体のバランスを考慮した人材配置
先述のとおり、シニア人材の活用には多くのメリットがありますが、若手社員の昇進機会の制限などのデメリットも考慮する必要があります。このバランスを取るために、多くの企業が役職定年制度を導入しています。
一方で、単にシニア社員のポジションを制限するだけでは、彼らのモチベーション低下を招く恐れもあります。若手層もシニア層も全ての世代が活躍できる、バランスを考慮した環境づくりが重要です。
ジョブ型雇用の考え方を取り入れたシニア人材活用
効果的なシニア人材活用には、ジョブ型雇用の考え方が有効になります。必要に応じてシニア人材のポジション・職務を含めたジョブディスクリプションを整備することが効果的です。
- 業務とスキルの明確化
- 組織として必要な職務とそれに必要なスキル・経験、求められる成果責任などを詳細に洗い出す(ジョブディスクリプションとして整備できると効果的)
- 戦略的な人材配置
- スキルと経験に基づいて、各ポジションに最適な人材を配置する
- 期待値の明確な伝達
- 配置の理由と期待される成果を明確に伝え、期待値ギャップのすり合わせとモチベーションアップを図る
- 知識・スキル継承の仕組み化
- 特に専門性発揮型のシニア人材には、次世代への知識・スキル継承を役割として明確に設定する
ジョブディスクリプションの整備には、非常に大きな工数がかかります。
実際にジョブディスクリプションをもとにしたシニア活用を実施する場合は、「Job-Us(ジョブアス)」などの専門ツールの利用を検討するとよいでしょう。
シニア人材にとって魅力的な職場環境の整備
シニア人材が活躍するためには、ニーズに合わせた職場環境の整備も重要です。
- 柔軟な勤務形態
- 短時間勤務や在宅勤務など、多様な働き方の選択肢を提供する
- 健康管理のサポート
- 定期的な健康診断や健康相談の機会を提供する
- 継続的な学習機会の提供
- 新しい技術やトレンドを学ぶ機会を提供する
- 世代間交流の促進
- 異なる世代が協働するプロジェクトや交流イベントを実施する
シニア人材活用の事例
シニア人材の雇用やシニア人材の活用を推進している企業事例をいくつかご紹介します。
1. 株式会社加藤製作所
岐阜県中津川市にある株式会社加藤製作所は、20年以上前からシニア人材を活用している高齢者雇用のパイオニア企業として知られています。
加藤製作所では、中津川市の人口減少に伴って人材不足や採用面の課題を抱えていました。そこで、2000年12月にシニア人材を雇用することを決め、通勤圏に居住する60歳以上のシニアを対象とした求人広告を出稿しました。多くの応募を集め、2001年4月に新たに14名のシニア人材を業界未経験から採用しました。
加藤社長は、高齢者の雇用は中小企業に向いていると言います。年齢が高い人ほど酸いも甘いもわかるようになり、人間関係を重視する傾向がありますが、中小企業は人間関係が濃くフラットな社風のため相性がいいのです。また、シニア雇用を実施する場合、社内からの理解を十分に得ておくことが肝要だと言います。
人手不足が深刻で人材確保が困難な地方企業において、シニア人材の雇用を効果的に行うことがこういった課題の解決策の一つになっています。
2. ブルドックソース株式会社
ブルドックソース株式会社では、経験豊富なシニア社員の知識と経験を最大限に活用するため「シニア社員制度」を2021年4月に導入しました。60 歳定年退職後も最長10年間(70歳まで)就業できる仕組みとなっています。
従来の再雇用制度とは異なり、以下のポイントが特徴です。
- 1年ごとの契約更新ではなく、再雇用後は最長10年間そのまま就業ができる
- 個々のライフプランに合った柔軟な働き方が選択できる
- 目標管理や業績評価を実施し、シニア社員であっても昇給や賞与支給がある
ブルドックソース株式会社は、約200名の少数精鋭組織となっています。限られた人材でさらなる生産性向上を目指し、ますます増加するシニア層のモチベーションアップを図る目的で、抜本的な再雇用制度の改革を行いました。
まとめ
シニア人材活用の本質は、単に高齢者を雇用することではなく、年齢に関わらず一人ひとりの能力や経験を最大限に活かせる組織づくりにあります。労働力人口が減少する中、企業の持続的成長には、多様な世代の共存と相互学習が不可欠です。
シニア人材と若手人材、それぞれの強みを活かし、世代間の垣根を超えた協働を促進することが、これからの企業にますます求められていきます。人材の年齢ではなく、その能力と貢献に焦点を当てた人事戦略こそが、労働力不足時代を乗り切るカギとなるでしょう。
シニア活用の成功は、単なる人手不足対策ではなく、組織の多様性と創造性を高める取り組みなのです。