ジョブ型人事
報酬制度

ジョブ型人事の導入企業|株式会社ブリヂストンの事例を詳しく解説
1931年に創業したタイヤ業界における世界的リーダー企業である株式会社ブリヂストンは、大胆な人事制度改革、ジョブ型人事制度への移行を進めています。従来の「ものづくり」中心の事業から、AIやデータサイエンスを活用したソリューション型ビジネスへの転換を図る中で、2021年から「B-HRX(Bridgestone Human Resources Transformation)」による人事変革を開始しました。
年功序列型からジョブ型への転換、管理職階層のシンプル化、成果重視の報酬制度の導入など、競争力のある人材マネジメントの実現に向けた取り組みが注目されています。
本記事では、約13万人のグローバル企業がどのような戦略で人材戦略を刷新しているのか、詳しく解説します。
目次
株式会社ブリヂストンとは
1931年に設立された株式会社ブリヂストンは、乗用車向けから航空機用まで幅広い製品を手がける世界最大級のタイヤメーカーです。日経平均株価やTOPIX Large70、JPX日経インデックス400の対象銘柄としても選定されており、日本が誇る代表的なグローバル企業として知られています。
2023年12月時点のグループ全体の従業員数は約13万人にのぼり、世界150か国を超える国々や地域において事業を展開しています。
近年では、これまでの「製造・販売」の枠組みを超え、モビリティ業界全体をサポートするソリューション提供型ビジネスへの変革を推進しています。AIやデータサイエンスなどの最新技術を取り入れた革新的なサービスモデルの構築に取り組んでいます。
ブリヂストンのジョブ型の導入背景
株式会社ブリヂストンは、長年にわりタイヤを中心とした「ものづくり」を事業の柱として成長を遂げてきたグローバルメーカーです。約130年もの間、原材料や製造プロセス、ビジネスモデルは大きな変化せず、従来の職能中心の人事制度でも充分に対応できる体制が続いていました。
しかし近年、同社を取り巻く事業環境に大きな変化が生じています。各企業が「製造業」という従来の枠組みを超えて、タイヤの使用状況のモニタリングや運行サポート、メンテナンス、リサイクルなど製品ライフサイクル全体にわたるサービス化に舵を切っています。
株式会社ブリヂストンにおいても、航空業界と連携し、摩耗データをもとにタイヤ交換を最適化するシステムやサブスクリプション型のメンテナンス付きサービスといった新しい事業モデルの展開を開始しています。
こうした変革を実現するには、AIエンジニアやデータサイエンティストなどの専門人材の確保と活用が不可欠です。しかし、従来の職能型・年功序列型の人事制度では、専門性に基づいた処遇設計や人材採用が困難であり、競争力のある人材マネジメントの実現には限界がありました。
このような背景から、株式会社ブリヂストンは2021年に「B-HRX(Bridgestone Human Resources Transformation)」と名付けた人事制度変革をスタートしました。職務や役割に基づく透明性の高い評価・報酬制度の構築を目指し、ジョブ型人事制度の導入に踏み切りました。
この制度改革は、単純な制度の変更にとどまらず、事業構造の変化に対応した「人材と職務のマッチング」を実現する基盤づくりという位置づけでもあり、企業の継続的成長に向けた人材戦略の中核を担っています。
ジョブ型人事制度の導入は、以下のように段階的に行っています。
- 2021年度:一般社員の一部専門職20名を対象に開始
- 2022年度:一部の課長職や部門長、役員など150名に拡大
- 2023年度:課長職以上の全ての役職に適用(国内社員の約7%に相当する1070名が対象)
一方、非管理職である一般職については、まだ育成期間にあることを考慮し、ジョブ型制度は導入せず、能力向上を重視した制度を継続しています。
ジョブ型人事制度の詳細
株式会社ブリヂストンが導入したジョブ型人事制度の具体的な取り組みとして、等級制度・報酬制度・その他の制度それぞれの詳細を解説していきます。
等級制度の詳細
株式会社ブリヂストンの等級制度は、管理職の階層を従来の5層から3層(経営層・幹部層・管理層)へシンプル化しました。
執行役員制度の廃止などに伴い、各事業や機能の最高責任者としてグローバル経営責任を担う「経営層」を、60名程度から常務役員以上の20名程度まで縮小しました。
さらに、各組織単位のマネジメントを受け持つ組織長のポジション数についても2割の削減を実施しています。
管理職については、これまで研究開発系の一部を除いてライン長まで単一のコースでしたが、新制度の導入により、ライン長と高度専門人材向けのスペシャリスト職という複線化された等級体系となっています。
また、能力要件はこれまで明確な定義が存在していませんでしたが、発揮能力を行動レベルまで具体化した要件を設定しています。
各役職について、ジョブディスクリプション(職務記述書)を整備し、役割と責任の明確化を図っています。
旧制度 | 新制度 | |
階層 | 5階層 | 3階層 |
雇用 | メンバーシップ型 | ジョブ型・メンバーシップ型の併用 |
評価 | 昇給:発揮能力+成果評価
賞与:期中成果評価 |
昇給:発揮能力評価
賞与:期中成果評価 |
昇進ルート | ライン長まで単一 (研究開発系の一部を除く) |
ライン長とスペシャリストの複線化 |
能力要件 | 管理職には明確な定義なし | 一般層と管理職で共通の枠組みで、発揮能力を行動ベースに落とし込んだ要件を設定 |
出所:Newswitch
社内の様々な職務を分類し、高度な専門性と事業への貢献が期待される職務を特定し、その職務をいくつかの「ジョブタイプ」に分類化しています。それらに必要な能力・スキル・経験から、人材要件となる「ジョブスペック」を整理しています。
ジョブタイプとジョブスペックのマトリクスを評価・昇進・育成の基準として活用することにより、人材の最適配置や競争力のある処遇を実現しています。
報酬制度の詳細
株式会社ブリヂストンの報酬制度は、これまでの年功序列型の仕組みを撤廃し、管理職以上ではポジション主義・成果重視の制度へと全面的に刷新されました。
一般職についても、「1年勤務すれば自動的に昇給する」という従来の定期昇給制度から脱却し、能力・役割・経験に基づいて報酬を決定する方針へと転換しています。
昇給と賞与は異なるロジックで運用されており、賞与は年初に設定した目標に対するアウトプット評価、昇給は成長・能力の見極めを軸とした制度に再構築されています。
たとえ一定の成果を上げていても、前年と比較して成長が認められなければ昇給には結びつかないなど、「成長の観点」を重視した設計が特徴です。
このため、評価の根拠となる「人材要件」を階層・職群・役割ごとに明確化する取り組みが実施され、曖昧だった定義を再整備しています。これにより、人材配置や採用においても統一した基準の活用が可能となっています。
このように、年功による一律処遇ではなく、それぞれの職務や役割に対応した「フェアな報酬」が実現されており、努力する人材が適切に報われる制度設計となっています。
今後は、この制度を効果的に機能させるために、マネジメント層の「見極め力」と「説明力」の向上が必須とされており、部下への適切なフィードバックも制度運用上の重要な要素となっています。
さらに、人材戦略の軸である「多様な人財が輝ける場所の提供」を進める上で、重要となるのが給与の公平性です。
報酬制度は、地域別・国別の労働市場動向を考慮し、外部の市場データを活用しながら毎年給与改定を(その必要性も含めて)検討しています。各市場での競争力を確保できるよう設計されています。
その他の制度の詳細
株式会社ブリヂストンでは、キャリアの自律性と多様性への対応に向けて、さまざまな施策を展開しています。
職種別採用と人材ポートフォリオの可視化
2022年度からは、新卒採用において職種別採用を導入し、入社前と入社後の業務ギャップを軽減する取り組みを開始しました。
希望する職種への配属を保証することで、学生のモチベーションを向上させ、入社後の離職率低減につなげることを狙いとしています。
また、即戦力人材の確保や早期の戦力化に向け、配属職種を明確化することで、欧米型のジョブ型採用にも対応しています。
2026年4月の入社に向けては、職種別に加えてポテンシャル採用も設定されています。
採用区分 | 対象職種 |
職種別採用 | Sales&Marketing(国内営業、海外営業、マーケティング)、SCM(サプライチェーン・マネジメント)、調達、財務、法務、HR(人事・労務) |
ポテンシャル採用 | 総合職 |
キャリア自律を促進する制度(オープンポスティング制度・ジョブマッチング制度)
社員の自律的なキャリア形成を支援するため、社内公募制度やジョブマッチング制度を導入しています。
オープンポスティング制度は、挑戦的で多様な知識が要求されるポスト・ポジションに対して、あらかじめその期待値や求められるレベルを会社が明示して公募し、意欲のある従業員が職位を問わずに応募・配置を行う制度です。
ジョブマッチング制度は、従業員が社内外を問わずに習得した独自のスキル・経験を自分で登録し、高度な専門性や技能、知見を持つ人材を必要とする部門ニーズと合致させ、そのスキル・経験を生かせるポジションに必要なタイミングで配置する制度となっています。
働き方変革への取り組み
従業員一人ひとりが能力を最大限に発揮できるよう、労働時間の最適化と柔軟な働き方の推進に力を入れています。
長時間労働の抑制と年次有給休暇の取得促進に取り組むとともに、フレックスタイム制・裁量労働制・テレワーク・時間単位の年次有給休暇制度など、多様な働き方を支える制度を拡充させています。
テレワークと出社を効果的に組み合わせた「新しい働き方」の定着にも取り組み、対面でのコミュニケーションを重視しながら、部門ごとに価値創造に貢献する働き方の見直しを進めています。
2023年度の労働時間の状況と取り組みでは、平均年間総実労働時間・平均年間所定外労働時間ともに前年度と比較して削減されるという結果が得られています。
まとめ
株式会社ブリヂストンは、事業環境の変化に対応するため、2021年から「B-HRX」による人事制度改革を推進しています。
従来の年功序列型からジョブ型への転換により、専門人材の確保と適正な処遇を実現しました。管理職の階層をシンプル化し、成果重視の報酬制度を導入することで、多様な人材が活躍できる環境を構築しています。職種別採用やキャリア自律支援制度、働き方変革により、持続的成長に向けた人材戦略の基盤が整備されています。
これからジョブ型制度の導入を検討している企業の方や、ジョブ型人事制度を通じて人材の力を最大化したいと考えている人事担当者の方にとって、株式会社ブリヂストンの事例は非常に示唆に富んだヒントを与えてくれるのではないでしょうか。